この本を読もうと思ったのは・・・

読んだ本の感想です。

乾ルカ『わたしの忘れ物』東京創元社

 「あなたは行くべきよ。断らないでね」(p.13)

 主人公である女子大生は大学の奨学係からアルバイトを斡旋されます。勤務先は商業施設の忘れ物預り所。乗り気でなかった彼女ですが。この本は、遺失物拾得所を舞台に日常の謎のミステリが綴られる短編連作集です。

 忘れ物、というと捨てられた物との違いが私は気になります。モノとの決別へのコミットが違っているように思うからです。

 多分、捨てた物を探すことはないでしょう。捨てることは意図されているから。でも、捨てようと思って手を離したのではない忘れ物は探される可能性がある。逆に、それを忘れ物として捉えることで自分が捨てたという部分を希釈している場合もある。

 そして、時の流れの中で捨てた物が「忘れ物」に変化することもある。

 「いなくなって、初めて芽生える感情もあるわ」(p.82)

 主人公と共に様々な忘れ物に触れる中で「忘れ物」が永続的な属性ではないことに気づかされていきます。

 「ここにいると、十万円のラインが、ひどく事務的に思えてしまうことがあるわ」(p.44)

 探されるかどうかを決めるそのものの価値が相対的なものだとしたら、忘れ物の主が誰なのかが大きく影響してきます。各話数のタイトルには「妻の忘れ物」のように落とし主の属性が書かれています。ある話数に関しては、そのことが実はネタバレ、最初から答えが明瞭に書かれているのに気づけないもののように作用していてとても印象的です。

 さて、短編の連作、日常の謎となると、最終話でのどんでん返しを期待してしまいもします。この本は同著者の『メグル』の続編という位置づけでした。アルバイトを斡旋した女性の『メグル』での特徴を考えると、『わたしの忘れ物』は有りうる結末へと至ります。

 「価値があるから忘れない、というより、忘れてはいけないほどの価値を見出している、の方がしっくりくるかしら。」(p.235)

 「忘れ物」として探し続ける、忘れることがないのは、今のその人にとって価値があるからだと思わせられる本です。